2005年11月02日
Tropical Rain Forest 6 【連載】
「お前さ、電子辞書持ってなかった?」
クラブでの会話の途中、彼女に言葉を伝える際に、確かに電子辞書を使った。
リサイクルショップで買った、驚くほどの安物だが。
どうやら、その電子辞書を店に忘れてきたらしい。
忘れ物はHuyenではなく、他の店員が持って帰ってしまい、その店員の家まで
店が終わったあと向かったが既に寝ていたため、明日持ってくるとのこと。
姉は深夜にそんな事に付き合わされたため不機嫌だったようだ。
あとは、妹をたぶらかす外国から来た男に対しての警戒心もあったのだろう。
話し終わった彼女は、憑き物が落ちたかのように妙に清々しい顔をしていた。
Huyenが走り寄ってくる。
「ここに、私の連絡先を書いたから、明日辞書を取り戻した後、大体昼過ぎ
くらいに連絡をください」
いつの間にか、ホテルのフロントから借りたペンでホテルの名刺に電話番号を
書いていたHuyenは、ぐっと近づいてから早口で一気にしゃべり、俺にカードを
渡してまたバイクのほうへ走り去っていった。
Hondaにまたがり、エンジンをかける。
姉がゆっくりとHuyenの後ろに座り、彼女が着ている雨合羽の中に潜り込む。
ぴったりとくっついた姉妹が、透明な雨合羽の中に透けて見える。
ゴイクン(生春巻き)みたいで少し可笑しい。
「また明日。連絡する。」
AM2:00、Metropole Hotel前を、一台のバイクが去っていった。
AM8:00からせわしなく観光を始める俺達。
シクロと呼ばれるバイクタクシーを利用し、ホーチミン市内を巡っていく。
昼が過ぎ、夕方になり、そして再び夕闇が町を飲み込もうとする頃。
俺達は、再びホテルに戻ってきた。空港へのバスを待つために。
その夜の便で、成田へ向かう。そんな旅行最終日の夜。
俺は、迷っていた。
きっかけがあり、俺達は再会できた。
朝も、昼も、夕方も、観光の間中俺は彼女の事を考えていた。
何を見ても、何をしていても全てを彼女に結び付けている自分がいた。
公衆電話を使う事は考えなかったが、今、ここホテルならば電話がある。
最後に一目、会いたかった。声が聞きたかった。
しかし、会ったところでどうするんだ、というもう一つの心の声がする。
言葉もうまく通じない。日本に連れて帰る事もできない。ただの自己満足に
終わるだけならば、偶然の再会だけを胸に、日本へ帰るのもいいかもしれない。
バスの時間が、刻一刻と迫る。
迷っている暇はない。決断の時が近づいていく。
意を決して、ゆっくりとホテルのフロントに向かう。
「電話を、貸してくれませんか」
レンアイって「皮膚感」だったんだなと思う。
ざわざわした感じ。心の裏側のひだひだが、揺さぶられる感じ。
触れ合った瞬間に、走る電撃。
熱帯に降る雨がくれた、一瞬の交錯。
二度と会うことのない、褐色の恋人を、俺は忘れない。
本編もよろしく
ランキングくりっくよろしくちゃん。
Posted by miya/みや at 23:59│Comments(0)
│2005年8月NW