2005年12月06日

父の背中、私の背中 1 【演説】

私は、ぼんやりと、街頭演説をする父を見ていた。

黒山の人だかり。
小柄な父を囲んで、大勢の人が声を張り上げていた。
普段は口を真一文字に結んだ父が、今日は愛想良く振舞っている。

私は、この選挙時の父が好きだった。

父の背中、私の背中 1 【演説】

逆にそれ以外のときはというと、私にとって父とは「存在しない」
存在だったといえる。
目を合わせる事も、口をきく事もなかった。同じ家にいても。

いつもせわしなく働き、常に何かに怒鳴りつけていた父。
父の世話をする黒いスーツ姿の男の人たちはびくびくしながら、
それでもそんな様子をなるべく顔に出さないように、紙のような
顔をして毎日を過ごしていた。

同じ理由で、母とのふれあいもよその家に比べて少なかったと思う。
母も、大勢いる取り巻きの世話に追われていたし、各種会合へ父の
アクセサリーのひとつとして出席することを余儀なくされていた。

こう書くと、私がまるで悲劇のヒロインにでもなった気分になるけど、
ほんとのところ、このくらいの距離感がありがたかった。
私はそれほど人付き合いが得意ではないし、実際好きでもない。
当然、政治家のムスメというだけで色んな場所に引っ張り出されて
父の顔をたてることを強要されてきたからそれなりに対応はできるけど。

私は今、結局親に反発するほどの理由もなかったので求められるままに
それなりの大学に入り、都銀のひとつで事務をやっている。
多分このままだと、父の都合でお見合いさせられて、そして結婚するん
だろうなと思っていた。

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父が、さきの選挙で大敗を喫した。

強固な地盤が売りだったはずなのに、あっさり若手候補にやられてしまった。
理由は簡単だ。

私には、会ったことのない弟が存在したのだ。

スキャンダルにまみれた父は、クリーンなイメージの若手候補にとって
格好の餌食だったに違いない。
テレビで見た父の演説姿は、幼かったころに見た、私のイメージの中の
父の演説とは大違いで、顔には引きつった醜い笑顔が、紙のお面のように
薄汚く張り付いていた。

そして、負けが確定したときには、それまで小柄な身体を大きく見せていた、
いわゆるオーラのようなものがふっとなくなり、オジサンの抜け殻、まるで
演者のいなくなった操り人形のように力なくうなだれていた。

本編もよろしく

ランキングくりっくよろしくちゃん。


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Posted by miya/みや at 23:59│Comments(0)2005年11月NW
 
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