Tropical Rain Forest 1 【連載】

miya/みや

2005年10月23日 23:59

その日、ホーチミンに降り立った俺たちを迎えてくれたものは、
とびっきりのスコールだった。

埃まみれの雑踏を、滝のような雨が洗い流していく。
空港で送迎のバスにピックアップされ、ホテルへ向かっている車中。
数メートル先も見えないような道路を、雨合羽を着て行き交うバイクの
間を縫うように進む様は、まるでひとつの魚になったかのようだ。
ホテルに着くと、俺たちはしばしの雨に感謝しながら長旅で疲れた体を
泥の中で眠る魚のようにベッドへ沈ませた。

次に目が覚めると、ヴェトナムはその名物のコーヒーのような夕闇に包まれ、
まるで湯上がりの肌のように町中が艶やかさをたたえていた。
旅の中ですっかり夜行性が身についた俺たちにとって、ようやく活発に
活動できる時間がやってきた。
雨も、この時間を待っていたかのように上がっていた。

街角の定食屋で食事を取り、この粘りつくような空気を避けるように市街地に
あるクラブに入った。
日本人観光客が必ずといっていいほど訪れる有名な雑貨ストリートを、
更に一本内側に入ったところにある店。
エントランスフィー60,000ドンを支払い、奥へ通された。
Tropical Rain Forest(熱帯雨林)、それが店の名前だ。

人間の体が、空気の通った筒であり、袋であることを体感できるような、音の
ヴァイヴレーションに包まれる。
身体の中にある空気、胃や、腸や、肺胞の一つひとつまでが揺さぶられる。
俺にとって縁遠い場所であったクラブだが、この粘度の高い空気の中では、
冷たいビールと音楽だけが唯一の救いとなることを旅を通して体感していた。

店内はまだ時間が早いこともあって人はまばら。
バーラウンジのカウンター席に座り、まずは333(バーバーバー)を頼む。
コクよりもキレを重視した東南アジア特有の性質を受け継いだ、正統派かつ
人気の高いビールだ。

ビールとナッツと音楽と気の合う仲間との会話。
東京の片隅で行われる風景となんら変わらないものの、座っている場所が変われば
それは儀式めいたものに変わる。
しかし、その儀式も不意に遮られる。
それは連れとの話の切れ間に、ふとカウンターの奥に目が向いたときだった。


この暑い暑い国で、心を熱くさせる人に出会った。


本編もよろしく

ランキングくりっくよろしくちゃん。
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