Tropical Rain Forest 5 【連載】

miya/みや

2005年10月31日 23:59

あがっていたはずの雨が、また降り出している。
昼過ぎのスコールとは違う、真夜中に降る雨は、熱い地表から静かに体温を奪うかの
ように、しっとりと、それでも絶え間なく降り続いていた。

Huyenは、ここまでバイクで来たようだ。
まだ新しいHondaのバイクの傍らで、透明な雨合羽に身を包んだ彼女は、フードを
つたう雫に濡れた髪が、よりいっそう艶やかさを強調しているかのようだった。

彼女の後ろから現れてきたのは、驚くほど整った顔をした女性だった。
口を真一文字に結び、むんずと腕を組み、そして射るような視線で半分寝ぼけている
俺を見据えていた。
思わず、背筋がぞくっとした。

その女性は、Huyenと同居している姉だった。
深夜まで働く彼女をバイクで迎えにきた後、ここへ来たらしい。
よく見ると、やはりHuyenの姉だけあってどこか面立ちは似ているところがある。

姉は一歩俺のほうへ踏み出すと、物凄い剣幕でしゃべり始めた。
非常に流暢な英語で理解しやすいが、いかんせん感情が高ぶっているためか
とても早口で聞き取れない。
助けを求める目で相部屋の連れを見ると、軽くうなずいて間に入り、代わりに
話を聞いてくれた。

開放された俺は、その足でHuyenのもとへ近づく。
彼女の身体を離し、手を振って別れてから1時間と少し。
心の奥底に沈めた感情が、また少しずつ浮上してくる。
しかし、今度この感情を解き放ってしまったら、もう一度沈めて東京に帰る
ことなんてできる自信がない。
中性浮力が働き、浮きも沈みもしない状態の「名前をつけ難い感情」を胸に、
Huyenに声をかけた。

「どうしたの?」

ほんの少し前には心も身体も距離をゼロにした二人だったのに、今はお互い
歩み寄った距離がなぜか遠い。
Huyenは、はにかんだ笑顔だけで何も話してくれなかった。

彼女が、そこにいる。
理由なんて、どうでもいい。
だから、俺もなにも話さず、この微妙な距離感を保ちつつただ彼女を見ていた。


本編もよろしく

ランキングくりっくよろしくちゃん。
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