Huyenは、ここまでバイクで来たようだ。
まだ新しいHondaのバイクの傍らで、透明な雨合羽に身を包んだ彼女は、フードを
つたう雫に濡れた髪が、よりいっそう艶やかさを強調しているかのようだった。
彼女の後ろから現れてきたのは、驚くほど整った顔をした女性だった。
口を真一文字に結び、むんずと腕を組み、そして射るような視線で半分寝ぼけている
俺を見据えていた。
思わず、背筋がぞくっとした。
その女性は、Huyenと同居している姉だった。
深夜まで働く彼女をバイクで迎えにきた後、ここへ来たらしい。
よく見ると、やはりHuyenの姉だけあってどこか面立ちは似ているところがある。
姉は一歩俺のほうへ踏み出すと、物凄い剣幕でしゃべり始めた。
非常に流暢な英語で理解しやすいが、いかんせん感情が高ぶっているためか
とても早口で聞き取れない。
助けを求める目で相部屋の連れを見ると、軽くうなずいて間に入り、代わりに
話を聞いてくれた。
開放された俺は、その足でHuyenのもとへ近づく。
彼女の身体を離し、手を振って別れてから1時間と少し。
心の奥底に沈めた感情が、また少しずつ浮上してくる。
しかし、今度この感情を解き放ってしまったら、もう一度沈めて東京に帰る
ことなんてできる自信がない。
中性浮力が働き、浮きも沈みもしない状態の「名前をつけ難い感情」を胸に、
Huyenに声をかけた。
「どうしたの?」
ほんの少し前には心も身体も距離をゼロにした二人だったのに、今はお互い
歩み寄った距離がなぜか遠い。
Huyenは、はにかんだ笑顔だけで何も話してくれなかった。
彼女が、そこにいる。
理由なんて、どうでもいい。
だから、俺もなにも話さず、この微妙な距離感を保ちつつただ彼女を見ていた。
本編もよろしく
ランキングくりっくよろしくちゃん。